何故フリーランスになったのかを振り返る~憧れのシステム開発人生スタートと多くの人にバカにされた話~
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代表からの切実なお願い
トラッキング「許可」お願いいたしますm(_ _)m

中山テック代表です。

さて、前回のブログでも執筆しましたが雑記として続けていきたいと思います。

前回までのあらすじは、保険代理店として社会人生活をスタートさせた代表。

2年に及ぶ営業マン生活に終止符を打ち、とうとうシステムエンジニアとしての人生を歩み始めます。

そんな今回はSEとして初の会社に入った所からスタートしたいと思います。

開発会社に入った私が初めに行われたのは「研修」からでした。

今だからわかる研修環境は「RedHatLinux × C言語」。あくまでも研修環境ですので、NWの入り口はなし。

※第2新卒扱いだったので、ありがたいことにみっちり研修をして頂きました

そこではC言語の基礎⇒課題を都度出してもらい、理解度を深めるというものでした。

元々好奇心強めな私は事前に文法を調べてから臨んだので苦になることはございませんでした。

※研修してくれたEさん曰く「答えを調べるのは良くない」と仰ってましたが、予習は大事だと今も思ってますョ

Linux上でのプログラミングに苦労

GUIとしてのLinux上の開発であればそうでもなかったかもしれませんが、CUIでのプログラミングを命じられました。

経験した方はわかると思いますが通常のエディタではなく「viエディタ」での開発でした。

研修官ではなく、現場でバリバリ活躍していた先輩に見てもらってました(アザス!)

その時の命題が「今週中にviエディタでプログラミング出来るようにしろ」というものでした(汗

恐らく週中の話だったと思うのですが、数日しかないじゃん!と思いつつ死に物狂いで覚えました。

本当に出来ると思ってなかった先輩は、サクサク書けた事に驚いておりましたョ笑

現場へ

さて、池尻大橋(中目黒)の本社での研修が終わり、現場へ向かうこととなりました。

当時は現場ってなんの事やらと思ってたのは秘密です。

現場は中野島という駅で、神奈川県川崎市にあるマイナーな駅です。

池尻大橋(中目黒)に比べたら近いしラッキー位の感覚でしたが、やはり現場に入ると研修で学んだ事以上の内容でした。

テスターとしてがんばるぅ!

新人あるある、作ったシステムの担保、いわゆるテスト専門からスタートしました。

要するにシステムがちゃんと動くかどうかを確かめる担当ということであり、プログラム改修は行いません。

ただここの工程は向いていたようで「観点は足りてるか?」といったことは理屈つきでお話することはできました。

※プライドの高い上司Mさんはその指摘には納得行かないというか、イライラしておりましたが笑

ただ机上の理論でいい感じでも、実際にてを動かすと上手く行きませんでした。

夜勤で私一人でテストして失敗⇒何もできなくなるの連続。翌朝上の人に見てもらって解決という失態を犯しました。

今考えれば「ズブの素人一人で夜勤の大事なテストをやらせるカオスな現場」のレッテルをを貼ってあげますw

色々な人にバカにされる

この場合はそもそも「有識者」と呼ばれる人とペアを組んで挑むのが普通です。SES恐るべし。

さらに、夜勤で失敗したことで様々な方になじられる、バカにされるという経験をしました。

まあでもバカにされるような失敗をしてきて成長したのは間違いないですね。

まともな方も多かったので、慣れてきてからはその人に意見を求めることになったのはいい思い出。

慣れてきた頃

まぁ仕事って不思議なものでやってると慣れてくるんですよ・・・

その間に私をバカにしてきた人だけでなく他の方も予算削られて現場を去る光景を目の当たりにしました。

んで年齢は置いといて後輩と呼ばれる方々が入ってきます。サブリーダーと呼ばれる立場になりました。

しかし、そこは私の経験不足、言葉足らずでミスをさせてしまうこともしばしば。

これはメンタル来る来ないは置いといて非常に悔しい経験でした。

とある先輩と出会う

別チームの方と仕事する機会が訪れました。

各システムの精鋭的な人を集めたチームに入ることになりました(人選ミスだろと思ったのは秘密です)。

当時のフリーランスの先駆けの先輩と出会うことになります。

自分がお世話になっていた方のさらに先輩で頭上がらず、お客さんもその人と飲み歩いたりしてました。

何故か目を付けられ(かわいがってくれたのかも?)、飲みに行く機会が増えましたね。

そこで今の現場と、今後のキャリアで足りないことを教えてもらい、絶対的経験値が足りないことも教えてくれました。

あの人いなかったらフリーになっていなかったかもしれません。

よく立川や町田で飲んでたなぁ。私の人生で影響を与えた数少ない人物で、感謝しかありませんでした。

個性的なお客様

その先輩と仲良くなったことでお客さんと飲む機会も増えました。

そこで言われたのが「お前のこと本当に嫌いだったんだよ」と飲みに行く度に言われました。

当時としては未熟さからと思いましたが、今思えば「そう思っても言わないのが今後円滑に進めるに当たって必要なこと」であると思い、なかなかのクソ客だと思いました。

まぁクソ客という表現を使う私もなかなかにクソかもしれませんが笑

反骨心云々以前に人としてどうなのと思うのが時代の変わった今の思う所です。

皆様も「相手のメンタルに影響を及ぼすかも?」と考えつつ、責任もって発言しましょーね。

退職

現場とその会社に4年いました。初めの2年はもくもく作業、残りの2年は別チームの方やお客さんと飲んだ記憶ばっかりです(汗

ちなみに、会社は1回潰れてます。理由が社長の浪費癖で逼迫。

社長がオリンピック現地観戦行ってる間に新会社立ち上げたから、夜逃げしようぜというトンデモ理由。

本筋に戻ると、退職したきっかけは前項で出てきた先輩の技術に関する話を聞いたこと。

そもそも4年現場にいてデータベースのSQLも書いたこともないことは今考えれば異常でしたね。

先輩はそこを危惧していたようで、先々を考えて時に経験値を上げた方がいいと思う方に声を掛けていたみたいです。

おかげ様で今はデータベースに苦になることはほぼない(ネット調査することはありますが)のは感謝です。

1つ目のシステム開発会社・総括

とりあえず経歴が欲しくて入った初めの会社。

内外で様々な方と出逢い、影響を受けたり自分から勉強したりと濃い4年間を過ごしました。

特に通信ってどんな仕組み?という所は基礎知識としてマストだったので死に物狂いで環境作りました(自宅で

何はともあれ、4年という期間を開発に講じていたのは良い経験と同時に次の転職先も有利に働きます。

が、ここで人生のターニングポイントが訪れます。

次回じっくりとお話しできればと思います。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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